From: グレゴ13@委員長

「昔のミサではグレゴリオ聖歌が歌われていたのに、今はそれがなくなって寂しい」という声を、信仰の先輩方からよくいただきます。

では、この人たちは、聖歌隊がグレゴリオ聖歌を1つ2つ選んでミサで歌うようになったら喜ぶのでしょうか?

あるいは、ミサ通常文を全てグレゴリオ聖歌で歌ったら、それで満足するのでしょうか?

実際に与ってみたら、きっと「まだ何か違う」と感じるはずです。

なぜでしょうか。

確かに、言葉だけ見れば、グレゴリオ聖歌が歌われないことに対する不満を表しています。

ただ、ミサの中で一番目に付きやすいと言いますか、耳に入りやすい部分なので、とりあえずそれを言葉にしているのです。

本当の不満は、現在のミサにかつてのような荘厳さや敬虔さや聖なる雰囲気が欠けていることにあります。

そのため、グレゴリオ聖歌が多少歌われたくらいでは不十分なのです。

グレゴリオ聖歌を取り戻すことは、聖なるミサを取り戻すことと同じか、あるいは不即不離の関係にあるのです。

P.S. 9月の自主練習会は6日、正規の練習は13日です。