From: グレゴ13@委員長

あなたは次のようなことを、いつかどこかで聞いたことはありませんか。

例えば、「日本語の聖歌もいいけれど」とか、「典礼聖歌もいいけれど」とか。

この後には「やはりグレゴリオ聖歌は素晴らしい」と続くとはいえ、この予防線のような前置きが以前から気になって仕方がありませんでした。

それが本心ならばそれはそれでいいのですが、どうもそのようには思えないのです。

あのように言いながら実は、紫色の聖歌集も持っていなければ、CDもほとんど所有していないのではないでしょうか。

一方で、グレゴリオ聖歌のCDは何枚か持っていたり、グレゴリオ聖歌を歌うミサがあれば多少遠くても駆けつけたりしているのではないでしょうか。

これで、グレゴリオ聖歌復興委員会とかいうサークルのメールマガジンなんかを購読していたら相当のものです。

だいたい、日本語の聖歌のために来日したカトリック信徒はほとんどいないのに対し、本場のグレゴリオ聖歌を聴くために海外の修道院を訪れたカトリック信徒は大勢いるではないですか。

グレゴリオ聖歌には時間とお金をかけるだけの価値があるのです。

これからは、何も遠慮することなく、シンプルに「グレゴリオ聖歌は素晴らしい」と言ってしかるべきですし、言ってほしいと思います。

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